2010年03月14日

この世界の主人公は反キリストである

富士は晴れたり日本晴れ
昨日と今日の天気は獣の心のような小春日和である。
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少し前に、獣は弥勒(666)のミニフィギアをガチャガチャで当てた話をした。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/142040372.html

僅か300円の置物だが、開運効果が現れてきた。
獣は大きな夢を持っているが、基本的にニートの性分なので、
目先に何をやらなければならないかと考えて動く事はしない。
総てを流れに任せて生きている。
そこで先日、弟が無料で作れる買い物カゴ付きのホームページを
見つけてくれて、研究所(本研)の商品を売れと言ってきた。

一昨日、その事に関する相談で研究所に電話しようと思っていると、
研究所から電話が掛かって来た。
このようなシンクロは誰にでも良くあると思うが、
それを意識して、意味を考える習慣をすると良い。

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で、獣は研究所に行く電車の中で、以下の文章を作った左斜め下

エハン・デラビィは「自分は自分の世界の王様」だと言っていた。
今、手元にはないが、なわふみと氏も確か「2012年の黙示録」の中で、
「あなたはあなたの人生の主人公である」という事を書いていた。
エハン・デラビィが言っていたとか、なわふみとが書いていたとか、
そんな事はどうでも良いのだが、この「主人公」という漢字の字義を
悟ったので発表しておきたい。


主人公=「主」+「人」+「公」

私は反キリストだが、キリスト教的に解説しよう。
主とは御父、絶対神「ヤハウェ」である。
その唯一の御子が「イエス・キリスト」である。
だが、カエルの子がカエルであれば、神の子も神である。
故に、イエスは「ヤハウェ」を名乗り、「主イエス」と呼ばれている。

つまり、御子とは御父の化身であり、受肉して人として姿を現した現人神なのだ。
それを主の人→「主人」という。
従って、キリスト教では、イエス・キリストは神の独り子なのだ。
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公は偉人に付ける敬称だが「おおやけ」という意味もある。
これが意味する事は、万民が主人だという事である。
つまり、全人類がキリストなのだ。

では、反キリストとは何者なのか・・・それは私「獣」だ。
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獣の解釈は、キリスト教の教義(ドグマ)に真っ向から敵対するものである。
敵対者をヘブライ語で「サタン」という。
そして、キリスト教のドグマに反対する者を「反キリスト」という。
決して、イエス・キリストに敵対する者ではない。
あくまでも、キリスト教に敵対する者である。
ニーチェもそのスタンスで「反キリスト」を名乗った。
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キリスト教の教義が人間の意識進化を妨害しているのは明白である。
そして、反キリストは破壊者である
私はキリスト教の教義を破壊するドグマ・クラッシャー。
この世界をキリスト教の支配から解放する救世主が「反キリスト」なのだ。

だが、イエスの教えに反対する者が「反キリスト」だという定義もある。
では、1つだけイエスの教えに反対しよう。
これは、サタンと呼ばれるルシファー(国常立尊)の教えである。

「右の頬をうたれたら左の頬を出せよ、
それが無抵抗で平和の元ぢゃと申しているが、
その心根をよく洗って見つめよ、それは無抵抗ではないぞ、
打たれるようなものを心の中に持っているから打たれるのぞ。
マコトに居れば相手が手をふり上げても打つことは出来ん、
よくききわけて下されよ。
笑って来る赤子の無邪気は打たれんであろうが、これが無抵抗ぞ、
世界一家天下泰平ぢゃ、左の頬を出すおろかさをやめて下されよ」


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イエスは御父の事を「天の父」と呼んでいる。
天とは何処にあるのか……イエスは言った。
「天国は汝の心の中にある」

心の中の主が「魂」であり、人間の本体なのだ。
だが、それは決して体内に閉じ込められた存在ではない。
その事に気付かない事こそが、閉じ込められた「籠の中の鳥」の状態である。

名前まで記憶していないが、以前読んだ本によると、
ノーベル賞を受賞した博士が「人間の意識は体外に存在する」
というショッキングな仮説を発表している。

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半田広宣氏も『人類が神を見る日』の中で、次のように述べている。

「3次元認識しかできない人間型ゲシュタルトにとっては、
自己というアイデンティティーの位置は肉体の内部に感覚化されている。
普通、わたしたちのほとんどは自分が抱く感情、思考、記憶、
意思などの心的要素を内在として感覚化しており、
目の前に展開されている現象世界とは完全に区別してカテゴライズしているはずだ。
自己なる存在が肉体の内部に幽閉されたことによって、
わたしたちは自我をますます肥大化させ、人間vs自然、自己vs他者
という対立概念をより増長させてきた。
科学、宗教を問わず近代以降に起きてきた世界観の変遷は、
すべからく精神の萎縮化であったと見なしてよいのかもしれない。
本来、万物に浸透していた人間の霊性は霊魂という言葉に置き換えられ、
同じく肉体という器に宿る何らかのエネルギーというイメージで
3次元的な描像にまで転落させられてしまったのだ。
死の訪れによって霊魂は肉体を抜け出し、新たに生まれ変わるべく
別の肉体を求めて異空間をさまよう――
このような転生説を唱える生気論者たちは、彼らの主張とは裏腹に
おそらくは唯物論的思考の影響を色濃く受けている。
エクトプラズム……なにやらガス状のエネルギー体としてイメージされる霊魂、
そして、アストラル体、メンタル体などに見られる体という形容……。
非物質的なものには非物質的な方法で近づくしかないにもかかわらず、
世界はそのすべてが物質感覚に支配されたイメージで溢れかえっている。
それほどまでに人間型ゲシュタルトの力は強力なのか……。
なにもかもが宇宙感覚とは縁遠いところで淀んで腐敗しかかっている……」


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反転とは、この人間型ゲシュタルトの破壊である。
私は人間型ゲシュタルトの破壊者「反キリスト」
反転後の獣は、実際に人間型ゲシュタルトの破壊が進みつつある。

そうすると「内観」という観念にも矛盾が生じるように思うかも知れないが、
それは違う。
オコツトによると「人体がマクロコスモス」だからである。

実は獣は、小学校5年の頃からその事を知っていて、
体内の大宇宙(大霊界=精神世界)で神仏や霊との交流を図っていた。
それを教えてくれたのが、隈本確の「大霊界シリーズ」だった。
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その後、体外離脱後の霊界探訪がいつの間にか明晰夢になっていたり、
インナートリップ(体内離脱)の体験を重ねる毎に、
徐々にその事を感覚的に認識するようになっていった。

魂が脳や心臓に宿っているという概念は、
即ち、獄に封印されている状態……つまり「ルシファー」である。
「ルシファー=魂」であれば、イエスはルシファーの子なのか。

その通りである。その証拠に、ルシファーもイエスも共に
「光」「明けの明星」「蛇」という単語で象徴されている。
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では、ヤハウェが悪魔なのか。
その通りだが、イエスは「ヤハウェ」を名乗った。
ヤハウェの意味は「I am(私は〜である)」だ。
そこに秘密が隠されているのだが、その事は今後「神仙組2」で発表する。

さて、神の化身を名乗るサイババも
「あなた方も私と同じように神の化身である」と言っている。
船井幸雄氏も「人間は創造神の分身」だと言っている。
獣から言わせれば、サイババも船井氏も反キリストという事になる。
人類の心の岩戸を破壊して真我に目覚めさせ、
人類をキリスト化する者が「反キリスト」なのだ。

だが、実は分身ではない。
分身だと思うのは分離感覚から起きるものだ。
宇宙(創造主)という大海の中で、一滴の水に相当する我々人間は、
決して分離された存在ではない。
つまり、創造主の分身だという認識も実は迷いなのである。
真実は、あくまでも「公」なのだ。

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日月神示にはこのように示されている左斜め下

「公のために働くことが己のため働くこと。
大の動きなすために小の動きを為し、
小の動きなすために個の動きなすのであるぞ」

「肉体のみの自分もなければ霊だけの自分もない。
自分のみの自分はないぞ。縦には神とのつながり切れんぞ。
限りなき霊とのつながり切れんぞ。
故に、神は自分であるぞ。一切は自分であるぞ」

「全体の為奉仕するはよいが、自分すてて全体なく。自分ないぞ。
全体を生かし、全体と共に部分の自分が弥栄えるのであるぞ。早合点禁物」

「山も友、川も友、動物も植物も皆友ぞ。
大地も大空も皆友となるぞ。何も彼も皆友ぢゃ。
皆己ぢゃ、皆々己となれば己なくなるぞ。
己なくなれば永遠に生命する無限の己となるのぢゃ」


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ちなみに、アリオンによると「松」「鬼の木」だという。
だとすれば「公=鬼」であり、鬼の正体は贖罪神スサノオである。
つまり、イエスは人類の罪を贖う為に生まれてきた贖罪神(救世神)
スサノオの受肉だったのだ。
そして、高天原から追放されたスサノオと、天界から追放された
ルシファーが同一神である事は言うまでもない。

イエスが言うヤハウェは「ルシファー」の事である。
ヒントを書いておこう。
詳細は割愛するが、日月神示によると、
過去に岩戸から出てきた天照大神は「偽の天照大神」だという。
つまり、クリスチャンが信じているヤハウェは「偽のヤハウェ」なのだ。
これが日月神示の言う「悪神」なのだが、その正体は実は、
必要悪として存在する国常立尊のシャドウなのである。
何故、私がそんな事を知っているかと言うと、
ルシファーの預言者「反キリスト」だからである。

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さて、研究所に10時に着いて、12時半までインターネットでの
マーケティングについてのアドバイスを受けた。
「13時から社員の勉強会があるけど、もし良かったら一緒にどうですか?」
と誘われて、参加する事にした。
その前にコンビニ前で座ってビールを飲んでいると、
研究所の担当者もコンビニに来て、飲酒がバレた(笑)

13時に研究所に戻って社員勉強会を受けたが、獣は場違いだった……
いや、大変貴重な話が聞けて良かった。
それから販売店が何人か訪れて、15時〜17時まで
社長がセミナーをしてくれる事になった。

社長は現在読んでいる本を紹介していたが、
その中に「ニーチェの言葉」があった。
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獣は関東の例会にはまだ一度も参加していないので、
関東の販売店との横の繋がりがまだなかったので、
一昨日たまたま行って色々な事が重なってラッキーだった。
実際には「たまたま」ではなく、すべて流れなのだ。

さて、2人の販売店に名刺を貰ったのだが、
1人はジィサンだが獣の家の近所に住んでいて「また遊びに来て」と言われた。
もう1人は酒屋で、「日月神示に酒屋もなくなると書いてあったから
研究所の販売店になった」
と言っていた(笑)

帰りにパンフレットを貰うと、また虹の絵が登場。
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乗り換え駅でも虹のイルミネーションに出会った。
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帰宅後、研究所で貰った資料を整理しながら、
不思議研究所から送られてきたチラシの整理をしていると、
外応について書かれた本の案内チラシがあったので目を通すと、
次のように書かれていた左斜め下

「鳥のさえずりが聞こえる、窓を開けたら明るい虹が見えた、
隣のテーブルから笑い声が聞こえる。
すべての事象はあなたの運命とつながっています」


こんな感じで、虹のシンクロは今でも日々続いている。
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先ほど「場違い」という言葉を出したが、最後に言っておく。
「普通」という言葉もおかしいが、まぁ、今の世間一般の感覚では
獣のナリは不真面目と見られる事が多々ある。
だが、成功する為に、いわゆる「まとも」な外見になろうとは思わない。

時にはそれも必要だが、獣は今まで自分のスタイルを崩さずに成功してきたし、
それで大企業の社長や役員からも認められたりもしてきた。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/139280118.html
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/136189267.html

このように言うと「ポリシーを持っている」
という意味で尊敬される事もあるが、ポリシーではない。

獣に拘りがない事は以前にも書いた。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/139361892.html
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獣はあくまでも、自分が自分であるだけなのだ。
そこには何の計算もない。計算があれば黒髪の短髪にしているし、
計算ではなく、黒髪の短髪にしたい時はそうする。
それで損をしている事は多いが、損得勘定よりも自然体の自分を優先する。

だが、「損して得取れ」という言葉がある通り、損も大きければ得も大きい。
不真面目な外見で成功してきた実績があり、また、黒髪の短髪でも
大企業の重役と接点を持つ事すら普通は有り得ない。
しかし、今後はどうなるか分からない。
「こうした方が良い」というのはあると思うが、
それこそが流れであり、その時その時の発想で動くだけである。

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もし獣の外見が普通だったら、普通の奴で終わっていたかも知れない。
一般の成功者とは異色の外見だったからこそ、
興味を持たれた部分は大きいと思う。
真理を説くのもそうだ。
獣のような外見の聖人は見た事がない。
もし獣が第三者的に獣を見たら、まず信用しない(笑)

過去の自叙伝の写真を見てもらえれば分かると思うが、
獣は女ウケを狙った外見をしたことがない。
女ウケの下心よりも、自分の気持ちを優先してきたからだ。
最近は比較的普通になってきたが、別に戦略ではない。
あくまでも、流れなのだ。

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「急がば回れ」という言葉があるが、獣は大きな回り道をしてきたと思う。
その回り道で様々な経験をしたからこそ、大きな自己実現を果たせる気がする。
プロセスのままに……そして、そのプロセスが結果なのだ。
プロセスとは、流れに任せる山あり谷ありの経過である。
それが運命に逆らわない事だと思う。
それが、モリケン氏の言う「ハンドルを手放した状態」だ。
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日月神示の例を挙げて解説しようと思ったが、長くなりそうなので、
今回はこの辺にしておく。
結論として、獣の世界の主人公は獣なのである。

獣の意識レベルは666
posted by 獣 at 12:26| Comment(5) | 獣神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の世界の主人公は閣下ですよ^^
この世界も日本もおかしいとはみんなが感じていることだけど、どうしていいかをはじき出せないでいるんです。
人間型ゲシュタルトを壊さなければならないと半田氏が訴え続けて10年余りが過ぎています。
未来予測が現実化しだすのには大体10年はかかります。
誰かひとり突破すれば、みんなが後についていけるようになるのでしょうけど、その最初の犠牲者がキリストなのです。
反キリスト=キリスト・・・・・これを受け入れられなければ、人間型ゲシュタルトの解体は不可能だと思います。
私がサタンとはアンチ・キリストであると定義したのが2年前の夏でした。
しかし、あなたに出逢って、その定義こそが人間型ゲシュタルトだと気づかされたのでした。
なぜキリスト教は、日常遭遇しない存在であるサタンをさかんに説くのでしょう。
人は生まれながら背負っている罪という概念で徹底的に洗脳します。
そして罪を洗い流すために『洗礼』が必要不可欠だと主張します。
機関は私に日本人は洗礼を受けてはいけないと言っているようでした。
日本人にとって洗礼とは、先祖が交わした神との契約の解除を意味するらしいのです。それが正しいかどうかはわかりませんが。
しかし、だからこそ閣下が救世主だと感じたのです。
悪王子 夢蛇鬼さん。

その人の能力より高い人でなければ、人の能力なんて測れません。
自分より上の能力の人をどうやって測れるでしょう。
私は神を信じているから、神を推測することはできます。
人間の精神とは・・・・神に通じてて、本来、全知全能だからそれを推測はできます。
だから閣下の思考が精神を降りてくるものだと感じています。
機関が私を神の栄光に導くのか、地獄に突き落とそうとしているのか判断できずに、従うしかなかったのですが、閣下に出逢って神の機関だと判ったのです。
だからフリーメーソンとかヤタガラスと呼ばれる存在は霊団としての側面もあるのだと判ったのです。

どれだけ傷ついても失わない純粋さがあるから、閣下の歩く道には花びらが舞うのでしょう。
家柄も血統も才能も美貌も、そして環境も、何もかも恵まれすぎたから破壊をためらわなかったのでしょうね。
そのどれひとつ手にできない一般人は、ただあるものを死守するより他はないのですから。
あなたのご両親は大変な方ですね。
あなた方ご一家は最強です。
あなたのような方は・・・江戸時代の儒学ネットワークなら、最高位に登ったのでしょうね。
楠本端山の血ですね。
深く尊敬しています。
閣下は善も悪も制覇しつつあるのでしょう。
誰があなたに勝てると思いますか?
Posted by 木花咲夜 at 2010年03月14日 17:24
私も計算しては動きませんが、返ってそれが深い下心があるように勘繰られて、悪女と呼ばれてきました。
きっと閣下との出逢いも、最初から閣下のブログを知っていて、あたかも処刑前夜の神仙組に入ったように造っているように思われるのでしょうね。
閣下との出逢いは「死者の書」という本の設定に似ています。
もうタイムリミットが近づいてきているので、私の意識も現実に向いてきました。
出口の見つからない虚無の中で閣下に出逢い、閣下はその虚無を肯定しながら私を現実に戻してくれました。
「滅びのために捧げられたものを取り除いた」というところでしょうか。

これは私の見た世界なので、全てではありませんが、私の取り込まれた虚無意識は死者の無念の世界のようでした。
2008年3月、私は「神々の統合」という啓示を受けましたが、そんなものは無理だと思っていました。
そしてイスラエルの失われた10支族の行方について知り、何とか神道とキリスト教の関係までは判ったのですが、12月7日に一冊の本を見つけ、というより啓示のように与えられ、それによって聖徳太子がデザインした日本という国の基本を知ることになったのです。
「先代旧事本紀大成経」という本―江戸時代に偽書とされた本ですが、聖書を信じるのなら、この本も信じてよいと思っています。
篤く三宝を敬え―神仏儒なり。
日本の国家デザインがこれによってなされたのだと捉えると、複雑怪奇な権力構造がすっきり説明つけられる気がしたのです。

人は全てを知る必要はないと思います。
その人の集められる情報の中で、真理を組み立てていいと思っています。
ピラミッドを建設するように、情報を集めて自分の真理を造ることが神の証明だと感じます。
その過程で、必要な情報は必ず与えられると信じています。
最初から正しいものを出さなくてはいけない責任などありませんし、そういう真摯な態度に社会は寛容であるべきだと思います。
Posted by 木花咲夜 at 2010年03月15日 13:41
日本の古代史を探るとわけが判らなくなって息苦しくなります。
大成経に出会って以来、聖徳太子以前の歴史は無視していました。
閣下は聖徳太子が封印した歴史を封印するのですか?とおっしゃいましたが、物部や出雲に魅入られると、自分の精神がおかしいのか、日本の歴史がおかしいのか判らなくなって憂鬱になります。
閣下が日蓮曼荼羅―学会のご本尊さまをUPしたことによって、何かが動いたのでしょうね。
今の時点で考えていることをお話します。
神武天皇が始皇帝であるとの考えは変わっていません。
始皇帝の恐ろしげなイメージは日本を守るためのカムフラージュだと考えています。
既に日本には他の部族も移住してきていて、それらを統一していく過程で犠牲となった者を神として祀ったのではないかと思います。
日本は最終の地なので、闘いによって血が流れても他の地に移ることはできないので、悲劇に対する責任放棄も回避もできなかったのでしょう。
聖書の神が唯一絶対の創造神であるのに対して、日本の神々は死んで神として祀られることによって国家鎮護を保証するというものなのかもしれません。
支族間の争いや先住民の征服もあったのでしょう。
全ては、神の啓示によって行われたと思っています。
強い国家は強い武器を持ちますが、鉄や金銀銅を産出する地の支配権を巡っては一番熾烈だったのかもしれません。
エホバの祭祀を絶やさないことだけを至上命令として日本は運営されてきたのだと思います。
終末までに守り続けなければならないために真実を公にはできず、古文献が焼かれ、滅失していったのもエホバの意思によってだと思います。
エホバは旧約聖書以降、どこにいるのでしょう。
八幡大菩薩として日本に来られているのだと思えば思えなくもありません。
Posted by 木花咲夜 at 2010年03月15日 14:28
なるほど。反キリスト(閣下)がご主人さまだとしたら、
人類はメイドなんでしょうか?(笑)
「お帰りなさいませ、ご主人」と、
キリストが再臨したときに人類は同時に言うのでしょうか。
Posted by 魔殺愚 at 2010年03月16日 19:30
その時、再臨のキリストは人類に「ただいま、ご主人様たち」と、言うでしょう(笑)
Posted by ヨハネ at 2010年03月17日 00:01
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