2010年09月28日

「一日一善」と身魂磨き

当たり前の善い行ないをするのは良いが、善い行ないとは何だろうか。
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「一日一善」という言葉がある。
獣は今日、何か善い行ないをしただろうか……。
思い付かない。
では昨日、何か善い行ないをしただろうか……。
やはり思い付かない。
最近、何か善い行ないをしただろうか……。
やはり何も思い当たらない。

そもそも、「善い行ない」とは何か……。
人助けや人が喜ぶ事だと定義すると、バイトで率先して雑用をしたり、
お客さんにお世辞の1つや2つを言っている。
家では洗い物や買い物などの家事を手伝っている。
その他、コンビニで買い物をした時にお釣りを募金箱に入れたりしている。
そういう意味では、地味だが一日一善以上できていると思う。
小さい事だからいちいち「善行」だと意識しないだけだが、
大きな善行であっても「善意」という意識を捨てなければならない。
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そうやって改めて考えると、獣は常に大きな善行を積んでいる。
それも、誰もが気づいていない「陰徳」である。
それは宇宙改造の御用であり、霊的次元に於ける
ネットワークの構築による世界統一(世界征服)である。
以前も述べた通り、それは縦の繋がりによるワンナリー(1本ライン)の
ネットワークだが、『日月神示』には次のように示されている。

「人民のみで世界連邦をつくろうとしても、それは出来ない相談。
片輪車と申してあろうが。
目に見えぬ世界、目に見えぬ人民とのタテのつながりつけねばならん道理。
人民同士の横糸だけでは織物にはならんぞ」


1本ラインの円環ネットワークは数珠繋ぎという事だが、
これは獣が使用している孫さんの瞑想カウンター
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まさに、獣が行なっている「世界征服の密儀」がそれに当たる。
だが、それを「善行」とは意識した事はないし、今後も意識する事はない。
自分の部屋を掃除するのに「善意」を意識しないのと全く同じである。
善意を意識すると「人の為」という偽善になり、
必ず見返りを求める心理が働くからだ。
究極の自己中心主義が「自他一体」「天人合一」である事がお分かりだろうか。
全ては個人を超越した自分(宇宙我)の為なのである。

高齢者に席を譲ったり、募金をすると気持ち良いと思うのは、
段階の低い自己満足の世界だが、それを否定している訳ではない。
あくまでも段階の話であって、それを無限に拡大し、善行を意識せずに
「当たり前」に行う事が「人生の修行」であり、「自己実現への道」である。
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『日月神示』には次のように示されている。

「小さいことから始めよ。
小乗の行と馬鹿にするでないぞ。
小乗の行から大乗の真理を掴むのであるぞ」

「他のために行ぜよ。神は無理は申さん。
初めは子のためでもよい。親のためでもよい。
自分以外の者のために、まず行ぜよ。奉仕せよ。
嬉し嬉しの光さしそめるぞ」

「どうしたら人の為になるのぞ。
自分はどうしたら好いのぞときく人沢山出て来るなれど、
この神示読めば、どうしたらよいか判るのざぞ。
その人相当にとれるのぞ。
神示読んで腹に入れてもう分からぬと云ふことないのざぞ。
分からねば神知らすと申してあろうがな。
迷うのは神示読まぬからぞ。腹に入れておらぬからぞ」

「心の窓を大きく開いて、小さい我の慾をすてると、遠くが見えてくるのぢゃ」

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だが、獣から言わせると、意識せずに善行を行うのは結果であって、
あくまでも「真我」を発見する事が原点なのだ。
また、「善」と言っても、人間界の道徳観念では判断できない。
人間の善悪が逆転している以上、
「善」と思っている事が宇宙倫理的に「悪」である事も多い。
また、良かれと思ってやった事でも迷惑がられたり、
怒りを買ったりして裏目に出ることもある。

また、真心で思いやりを持ってやった事に対して恩を仇で返される事もあるが、
本当に真心で行なったのであれば真心は傷つくことはない。
真心は大愛であり、超自己中心的なものだからである。

昔、ESPの「ま心念紙」が家にあったが、
引っ越しの時に聖母が捨ててしまったらしい。
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一日一善……それは、次のように言い換える事が出来る。

「一日一度はインスピレーションに従え」

魂のメッセージに従って「発想即行動」する事は、
それがどんな内容であっても「善行」という事になる。
例えば、「青汁に黒砂糖を混ぜて飲め」とか「友人Aにメールせよ」
と閃いて実行すれば、それも善行である。
注意すべき点は、インスピレーションの発信源が憑依霊である場合だ。
そこでもやはり「身魂磨き」が最重要となるのである。
つまり、一日一善を実行して魂を磨くのではなく、
一日一善を実行する為に身魂を磨く必要があるという事になる。
尚、「一日一善」が幸福生活の秘訣なら、「一日一膳」は健康生活の秘訣である。

昨日、更新後にアクセス数を見ると、また「56」だった。
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そして、時間を見ると「56分」だった(撮影する瞬間に57分になったが)。
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それ以外にも、タイムカードを押すと56分だったり、
「56」のシンクロが日々続いており、山本五十六の働きかけだと思わざるを得ない。
尚、五十六の太平洋戦争による日本敗戦計画も「善意」によるものだった。

posted by 獣 at 23:59| Comment(0) | 獣神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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