2011年02月19日

富を引き寄せる獣

富とは、愛と智慧と生命との結晶である
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富とは、お金だけではない。
この世には富が無尽蔵に溢れており、
人間は無限の富の恩恵を受けて生きている。
富は神であり、神(愛と智慧と生命)が満ち溢れているのだ。
常にその事を認識して感謝する心が、
万有の平和と安寧への自由な道である。
その心は「真の自己発見=神の解明」によって培われる。
つまり、心の豊かさが物質的な富を引き寄せるのである。

だが、必ずしもそうとは言い切れないケースがある。

「あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国に入るよりは、
らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい」

(マタイによる福音書)

それは、金銭欲や物質欲に対する執着をなくし、
感謝の心を育てる修行だった。
本来、修行者とはそういうものである。
その暁に、心の豊かさに比例した「清富」になるのだろう。

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「金が好きなら金を拝んでもよいのぢゃ。
区別と順序さへ心得て居れば何様を拝んでもよいぞ。
金を拝めば金が流れてくるぞ。
金を拝み得ぬイコヂさがそなたを乏しくしたのぢゃ。
赤貧は自慢にならん。無神論も自慢にならん。
清貧は負け惜しみ、清富になれよと申してあろうが。
清豊こそ弥栄の道、神の道、大日月地大神のマコトの大道ぞ。
金がよければ金拝め。人がよければ人拝めよ。神がよければ神拝め。
金欲しい者には金もうけさしてやれよ。欲しいもの与へてやれよ。
人間心、神心、逆様ぢゃ。与へることは戴くこと。まだ判らんか」

「神と金と2つに仕える事は出来ん。
そのどちらかに仕えねばならんと、今までは説かしていたのであるが、
それは段階の低い信仰であるぞ。
影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、
この度、時節到来したので、マコトの道理説いて聞かすのぢゃ。
神と金とに仕えるまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。
嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな」

「肉体ちっとの間であるが、魂は限りなく栄へるのざぞ。
金に難渋して負けぬ様にして下されよ。金馬鹿にしてはならんぞ。
あせるでないぞ。あせると心配事出来るぞ」

(日月神示)

負け惜しみだが、獣は清貧の期間が長すぎる……。
これも流れであり、全てうまくいっている過程、
成功のプロセスだと思っている。
今年からビジネスモードの流れに入った獣だが、
確かに今も金を拝み得ぬイコヂさが残っている。
それは資本主義を破壊する反キリストだからである。

だが、その為には無限の資金が必要となる(笑)
資本主義によって物質文明が発達して来たが、
今度はその経済によって物質文明を破壊する時代である。

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ソロモン王から始まり、ユダヤ人たちは経済を制し続けている。
それは、彼らが体主霊従主義のヤハウェを崇拝しているからだ。
ルシファー(国常立尊)に敵対するヤハウェ(盤古大神)が、
物質文明を発展させる為に資本主義を生み出したからである。

だが実は、「666=獣」も金の象徴で、
ソロモン王の下に入ってきた金の重さが666タラントだった。
これが暗示する事は意味深で、両者を合わせて考えると、
『日月神示』の説いていることが理解できるだろう。

「今の世は金で治まるように思うているが、金の世は滅びのもとであるぞよ」

「金では治まらん。悪神の悪では治まらん。ここまで申してもまだ判らんか。
金では治まらん。悪の総大将もそのことを知っていて、金で世を潰す計画ざぞ」

「金で世を治めて、金で潰して、地固めしてミロクの世と致すのぢゃ」



posted by 獣 at 23:59| Comment(0) | 獣神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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