2011年02月26日

原罪思想を破壊する反キリスト(全責任は汝にある)

今日は2月26日だが、1936年の2・26事件も汝の全責任である。
だが、汝等の罪も全ては獣の責任であり、獣には責任はない。

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昨日は去年の夏から楽しみにしていたライブがあった。
地獄バンドと666のジョイントライブで、
二度とないかも知れない夢のイベントである。

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しかし、投資金がまだ返還されていないので行けなかった。
携帯も1週間前から止まって様々な不都合が生じている。
10万円投資してくれた友人にも迷惑を掛けているので心苦しい。
しかし、必要・必然・ベストで万事好都合!
禍転じて福となるから難事は良い事、だから感謝感激!
そして、何かのカルマの結果であるから自分に全責任がある。

だから、「ごめんなさい」「許して下さい」
「愛してます」「有り難う御座います」を唱えている。
それは、ゴッドと友人に対してだけではなく、
空間の波動を伝播して全宇宙に発信しているのである。
しかし、昨日のライブは非常に残念だった(笑)
昔の獣だったら街でデス声で吠えて、
暴れ倒して消火器を撒き散らし、
人々に暴行してカツアゲをしまくっているところだ。

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友人は各種支払いが大ピンチらしいので獣と同じである(笑)
友人も何かカルマがあるのだろう(笑)
ゴッドは「明日連絡します」「明後日まで待って下さい」の一点張りで、
いつ返ってくるか分からない。
ゴッドの状況が状況なので、当分、返ってくる事は諦めた。
友人は「支払いが迫っているから心配だ」と何度も獣に迫ってくる。
もし、獣がゴッドに怒れば獣の心は悪となるが、心配も怒りと同じ悪想念である。

友人が「支払いが出来なかったら困る」と主張するので、
「取り越し苦労は銀行強盗より悪い」ということを教えた。
精神世界の法則から言えば、友人が一番悪いという事になる(笑)
だが、友人からすると「その心配・取り越し苦労をさせてるのは誰だ」
という事になるが、心配・取り越し苦労をしているのは本人である。
現象に囚われずに心が安寧であれば、何が起きても動じることはない。
心配や取り越し苦労をするのは、迷いの世界に囚われているからだ。

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迷いの世界とは、この幻影の世界(幽界並びに物質界)のことである。
その証拠に「なるようになるから心配するな」と言うと、
「そんなこと言うけど現実問題どうするんだ」という答えが返ってきた。
「現実」とは、原因の世界である己の心である。
心配して「困った困った」を連呼して、しかめっ面をしていると、
「身口意の原理」によって、自分でそれを実現しようとしているようなものだ。

実際に、友人の潜在意識には、そのような否定的な感情で満ちている為に、
今回のような事件が起きて、そのような精神状態となり、
それが現実に、いや、3次元の物質界で実現しようとしているのだ。
要は、心の現実(原因)が3次元に投影(結果)されるという事で、
その幻の投影を現実だと錯覚し、自分で幻を実現させようとしているのだ。
幽霊が自分で作り出した幽界で苦しんでいるのと全く同じ原理である。

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しかし、人間界的な物の道理で、
獣がそのような説法をする資格はないので言わなかった。
今回、獣は加害者と被害者という2つの立場になって、
ある意味で最も悲惨である。
自分の投資金が返って来ない上に、
友人の支払い額を金策しなければならないからだ。
だが、獣はまるで他人事のように何とも思っていない。
なるようになるとしか思っていないからである。

だが、他人事というのは自分事と同義なので、
良い方向で「なるようになる」ように、
流れを良くする為の祈り(反省と感謝)はしている。
獣も友人も災難だが、最も悲惨な状況に追い詰められているのは
ゴッドなので、獣はゴッドを責める気はない。
大ピンチのゴッドの役に少しは立てて良かったと思っている。
もっと言えば、自分を犠牲にしてでもゴッドを救えない
今の自分の非力について、ゴッドに謝罪の念すら持っている。
だが、もう今後は金銭面の協力は基本的にしないことにした(笑)

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「全責任は自分にある」

これは、ホ・オポノポノが説く自己浄化法だが、
これが贖罪神スサノオ(ルシファー)の生き方である。
これは誰もがそう認識する必要がある。

汝、宇宙一の大悪党になる覚悟をせよ!
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/161026665.html
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今回の件についても「全責任は自分にある」と受け止めているが、
実は誰もがそうなのである。
人間界的に考えると、約束を守らないゴッドが悪いが、
投資は自己責任なので獣と友人が悪いという事になる。

投資というか融資なのだが、法的に見ても
「金銭消費貸借」の契約書を交わした訳でもなく、
4日で50%という法外な利息なので、
獣は闇金融という事になってゴッドには返済義務がなくなる。
つまり、全員が「全責任は自分にある」と自覚しなければならないのだ。
この話を他人事だと思ってもらっては困る。

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「人類始まって以来の全ての罪は自分の責任である」

故に、冤罪などというものは存在しない。
1人1人がそれを自覚する必要があるのだ。
宇宙一切の全責任は「宇宙創造神」にある。
宇宙創造神とは、我々人間の事である。
結論、誰にも責任はないのである。
具体的に説明すると、前宇宙のカルマとして現在の宇宙が誕生し、
そのカルマの清算の為に人類が生まれて、
新しい宇宙の完成に向けて生成発展しているのだ。

つまり、全人類が責任を分担する事で宇宙創造神の責任がなくなり、
その結果、宇宙創造神である人類にも責任がなくなるのである。
罪、そして罪から生じる責任、
それは全て因果律に基づくものであり、誰のせいでもない。
全ては自分の責任であり、それは自分の責任ではなく、
誰の責任でもないという事に行き着く。
「全責任は自分にある」が自己浄化法というのは、
そのような深い真理に基づいていると思われる。

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獣はもともと責任感の強い人間だったが、
「捨てれば掴める」の原理で責任感を捨てて自分を解放した。
すると、全人類の責任が覆い被さってきた(笑)
それは「人類の罪を背負う」という贖罪心が芽生えたという意味である。
それが贖罪神スサノオで、スサノオの受肉だったイエスは
十字架に架けられる事で人類の罪を清算した。

しかし、結果は即原因であり、そのカルマは
イエス(スサノオ)に罪を着せた人類に降りかかる事となった。
イエスを処刑した罪と責任は、イエスを処刑した人間だけに非ず、
全人類にあり、汝らも例外ではない。

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「キリストの十字架も同様ぞ、キリスト信者よ改心致されよ、
キリストを十字架に釘付けしたのは、そなた達であるぞ、懺悔せよ」

「世界中の罪負っておはしますスサノオの大神様に気付かんか、
盲つんぼばかりと申してもあまりでないか」

「この世の罪けがれ負って夜となく昼となく守り下さる
スサナル(スサノオ)神様あつく祀ってくれよ」

「スサナルの大神様罪けがれ祓って隠れて御座るのざぞ。
結構な尊い神様の御働きで、何不自由なく暮らして居りながら、
その神様あることさえ知らぬ臣民ばかり。これでこの世が治まると思うか」

「岩戸は五回閉められているのざぞ。
那岐、那美の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時と、
大切なのはスサノオ神様に罪着せし時、
その五度の岩戸閉めであるから此度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。
いよいよ厳しくなってきたがこれからが正念場ぞ」

「スサナルの大神様もあつく祀りてくれよ、
この神様には毎夜毎日お詫びせなならんのざぞ、
この世の罪けがれ負われて陰から守護されて御座る尊い御神様ぞ」

「スサナル命が、荒ふる神、悪神ではなく、
人民の罪背負って下さる救い主の大神であることが判らねば岩戸は開けんぞ」


イエス・キリストは癌だった
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/150584573.html
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人類は「個」ではなく、集合意識において「一なる者」である。
故に、全責任は人類共有のものであり、自分に全責任があると同時に、
自分には責任がなく、誰の責任でもないのだ。

もりけん流に言えば、「私1人に責任はない!」である(笑)
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それは決して間違っていないが、その真意を理解しなければ
「責任放棄」「責任転嫁」になってしまう。
もりけんの主張は「自他一体の自己責任」という意味である。
人間には自分の所有物など何1つない。
それは『日月神示』にも示されているが、
当然ながら「責任」も自分の所有物ではない。

だが、宇宙万物が自分故に宇宙万物は自分の所有物である。
「全責任は自分にある」という認識と自覚が、
悟りへの道、真我の目覚めの扉となる。
獣は常々、「反省」と「感謝」が一体である事を説いているが、
今回の件はそれを示す良い実例である。
そして、「全責任は自分にある」という認識から
「反省」と「感謝」が生まれるが、その源泉こそ大愛(慈悲)である。

「ごめんなさい」「許して下さい」「愛してます」「有り難う御座います」

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この言葉を説くホ・オポノポノの創始者は
非常に高いレベルの持ち主だったと思われる。
だが、「ごめんなさい」と「許して下さい」は類義語なので、
両方唱える必要があるのだろうか……。
「ごめんなさい」は謝罪の言葉で、「許して下さい」は
許しを乞う言葉なので、両方必要なのだろう。
それでどんな罪も許されるのかと思うかも知れないが、
神は全てを許し給うので心配は要らない。
そもそも、罪は影であり実在ではなく、本来は存在しないからである。

『日月神示』には次のように示されている。

「人間は罪の子でないぞ。喜びの子ぞ。神の子ぞ。
神の子なればこそ悔い改めねばならんぞ」

「罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方、神のやり方はその罪をも憎まず」


「罪と罰」は神仙組が説く5大方便の1つだが、
方便についてはこのように示されている。

「化けの世、方便の世、方便の教はすんだのぢゃ。
教では世は正されん。教のつどいはつぶれて了うのぢゃ」


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生長の家の聖経『甘露の法雨』にも、
罪は影、迷い、非実在、という事がくどくどと書かれている。
故に、責任はなく、最初から許されているのだ。
だが、『甘露の法雨』を何十年も唱えている人でも
その真意は理解していないだろう。

何故なら、反転しないと悟りを会得できないからだ。
聖書には「原罪」という思想があり、
それによって人類は自分で自分の首を絞めて苦しんできた。
原罪は一面的事実だが、
それはプロセスとして人類に植え付ける必要があったのだ。
『獣神示』の読者には、その意味が理解できると思う。

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だが、もうその時代は終わりである。
「全責任は自分にある」との自覚を通して、
人類が真の悟り開く時代が近づいたからだ。
何故なら、原罪思想を破壊する反キリストの獣が登場したからである。

イエスもその事を予言している

「神の国は近づいた。悔い改めよ」
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獣には今まで許せない人間が沢山いた。
だが、人を許せないのは自分を許せないからだ。
こう言うと反論があると思うが、
それは自己保存の本能による自己防衛で、
怒りを外部の対象物に向けているだけである。
自我に支配されている間はその事に気づかないので無理もない。
だが、『獣神示』を読んで内観すれば、いずれ気付く事になる。
人を許せないのは自分を許せないからだった…と。

そして、人を憎んで恨んでいた事は、
自分を憎んで恨んでいた事だったということを……。
その時、激烈な懺悔の一念で「天(心)の岩戸」が破壊され、
真の天照大神(キリスト=真我)が現れる。
その眩いばかりの光によって、迷いから生まれた心の闇
(原罪思想、怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖などの悪想念)は
一瞬にして浄化され、万有の平和と安寧への自由な道が開かれる。

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さて、ホ・オポノポノの言葉「ありがとう」に、
「ございます」を付けて漢字で書いた方が波動が高いので、
獣は「有り難う御座います」と書いている。
だが、「ごめんなさい」と「許して下さい」がセットなら、
「有り難う御座います」だけではなく「感謝します」も唱えるべきだろう。

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五日市氏は、難が有ったら「有り難う」、
良い事が有ったら「感謝します」と唱える事を、
イスラエルの魔法使いから教わって運勢を好転させた。
「富・成功・幸福」も良いが、

「ごめんなさい・許して下さい・愛してます・有り難う御座います・感謝します」

の5つの言葉を祈る習慣をつければ、人類の心(宇宙)は
浄化されて天変地異や戦争も型だけで済むようになる。
そうなれば、神の国(ミロクの世)も近い。
「そうなれば」と書いたが、実際には未来では
神の国(ミロクの世)は実現しているのだ。

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長くなるので詳細は別の機会に紹介する予定だが、
肥田春充は正中心を極めた時、超越解脱を体験し、
万物万象の悉くが光り輝いて見え、大歓喜の涅槃の境地に入った。
通常、それは5次元(フォーカス35)の世界で体験するものだが、
春充は人間界でその境地に到達したというのである。
これこそまさに、霊体一致を体得した神人の姿であろう。
流石に獣はそこまでのレベルには到達していない……。

『日月神示』には次のように示されている。

「自分が神の理にあり、真実であるならば、
世の中は悪くないぞ。光り輝いているぞ」

「天国と申すのは一人の大きな人間であるぞ。天国は霊人のみの住む所ではないぞ。
そな た達も今住んでいるではないか。霊人も現界に住んでいる」


生長の家でも同様の事が説かれているが、
実際にこの境地に到達するのは並大抵ではない。
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話を戻すが、そうなれば神の国(ミロクの世)も近いと書いたが、
実際には未来では神の国(ミロクの世)は実現している。
従って、正確には「そうなったから神の世は実現した」
という過去完了形が正しい。

事実、獣が既に現実世界(心)で神の国を実現しているからだ。
聖書では「至福千年王国」、日月神示では「ミロクの世」が約束されている。
現在はその反転前のプロセスの最終段階に突入しているが、
未来は常に現在進行形で始まっており、プロセスは完なのだ。
想念は時空を超えて過去・現在・未来が同時存在し、
自らの中にミロクの世を実現し、霊体一致を体得した時、
それがそのまま現象界に映る(写る)のだろう。

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王仁三郎は「今までは王仁の言った通りになったが、
これからは王仁の思った通りになる」
と言った。
鬼が宿った獣(夢蛇鬼)はそれを継承し、
「これからは獣の思った通りになる」と予告した。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/152755479.html

故に、ミロクの世の実現は必至であり、それが獣の世界征服なのだ。
その為に、人類の心の岩戸を破壊して、真我を目覚めさせて
「人類キリスト化計画」を推進しているが、実はそれも既に成就している。

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想いという原因と、その想いの成就という結果との間には隔たりがなく、
本当は同時のものだという。
即ち、想いは想いを定めた瞬間に既に成就しているという。
実は、これが本当の「シンクロニシティ」という現象である。
で、八歳竜女が「仏となって多くの命を救済したい」と決めた時、
直ちに仏になったのだという。

故に、獣の「人類キリスト化計画=世界征服=ミロクの世実現」も成就しているのだ。
イエスも「汝、願う事、既に得たりと信ぜよ」と説き、
塩谷先生という人も「お祈りは完了形でしなさい」と教えているそうだが、
これは政木和三氏が受けた天啓で、獣の成功哲学のベースになっているものである。

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いずれにしても、「全責任は自分にある」という積極的思考で、
自分の生命を神に預けて委ねた心境になる事が重要なのだ。
同様の事は、今までに何度も述べた通りである。
全責任は自分にあるからと言って、
罪悪感で暗く落ち込んで病んではいけない(笑)

あくまでもニュートラルな思考でデジタル的に内観すれば、
全責任が自分にあるという自覚が生まれる。
そして、意識が普遍にして1つ、自分と宇宙と一体だと悟った時、
「全責任は自分にあると同時に共有のものである」という事が分かる。
それは「誰にも責任はなく、誰をも否定せずに肯定する事だ」
という事である。

それが「南無阿弥陀仏」の精神なのだ。
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「引き受け気功」も全責任を負うという発想に似ている
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posted by 獣 at 10:20| Comment(0) | 獣神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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