2011年02月26日

アミダくじの人生を思い通りに生きる方法

祈りは求め≠ナあり選択≠ナある
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聖書にも「求めよ、さらば与えられん」という言葉があるが、
それは潜在意識の法則を説いたものである。
だが、あれもこれも求めて欲望の世界に溺れるのは危険である。
人が最も求めるべきものは、「悟りの光」である。
これに勝るものはなく、また最も贅沢な欲求である

自我は様々なものを求めるが、求めてはいけないものもある。
しかし、真我は本当に求めるべきものを知っている。
だから、まずは真我に目覚める為に「悟りの光」を求めるべきなのだ。

習慣にしても良いが、一度で良いので「慈悲の冥想」を唱えてみて欲しい左斜め下
もちろん、獣も会場で唱えた。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/180996609.html
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次に選択だが、人生は常に選択の連続で、人は迷いの世界に生きている。
氏は獣と同等の意識レベルだと思っていたが、
この記事を読むと「迷い」ばかりだという。
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獣には迷いがないので獣の勝ちである(笑)
いや、むしろ獣は批判されている……って、そういう話ではなくて、
真我に目覚めていない人でも、実は常にインスピレーションが与えられている。
最初に閃いた事が天啓だと思って良い。
それに対して、人間の頭(自我)でアレコレ考えるのが迷いである。

イエスは「同時に2人の主人を持つ事は出来ない」と言った。
「真我」を主とするか、「自我」を主とするか、2つに1つという事である。
自我は自己中心的で目先の損得勘定で動くが、真我は見通しの神である。
故に、真我に従って失敗はない。
インスピレーションに従って失敗したり災難に遭ったりしても、
それは感謝して肯定しなければならない。
真我は見通しの神なので、カルマの解消や成功のプロセスとして、
失敗や災難を与える事もある。

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『日月神示』には次のように示されている。

「考えていては何も出来ないぞ。
考えないで思う通りにやるのが神のやり方ぞ。
考は人の迷いざぞ。
いまの人々身魂くもりているから考えなければならぬが、
考えればいよいよ曇りたものになる道理分からぬか」


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だが、心が曇っていると、殆どの人に憑いている憑依霊たちの意思を
インスピレーションとして受け取ってしまう事にも成りかねない。
故に、身魂磨きが重要なのだが、真我に従うことが
「流れに任せる生き方」であり、本当に必要なものは必要な時に与えられ、
何も迷わず自然に最善の道を選択するようになるのだ。

汝はルシファーの預言者「反キリスト」である
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/159301253.html

魂からのインスピレーションを受信しやすくするには、
内観や祝詞で潜在意識の浄化をする必要がある。
インスピレーション・テープ(CD)も何度か紹介したが、
もう一度紹介しておく。
http://www.alphacoil.com/inspilat.htm

ホ・オポノポノの教えでは、例の4つの言葉で潜在意識をクリーニングし、
過去の良くない記憶が消去され、全てを良い方向に向かわせるという。
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獣も真我に従って直感的に生きているが、
それによって失敗や災難としか思えないことが少なくない。
だが、時間が経って振り返れば、必要な経験であったり、
禍転じて福となっているケースが多々ある。
自我を主とすれば、因果律に基づいて
定められた運命通りに生きていく事になる。
結果、人間は何百回、何千回となく輪廻を繰り返しているのだ。
本体の魂から見ればそれも経験だから良いのだが(むしろ計算済みかも)、
最終的には輪廻を卒業して本体の魂に還る事が人間の目的である。

ハンドルを手放すとは、自我を手放すという事である。
見通しの神である真我を主とすれば(流れに任せれば)、
因果律を超えた選択肢を選び、長期スパンでは運命が好転していくのだ。
因果律を超えるというか、悪因が解消して運命が好転するとも言える。
いずれにせよ、禍の通過を含めて、トータル的に進化の道に進む事になる。
だが、それは決して、人間の感覚での幸運や強運とは限らない。

「神は見通しざから、心配するな」

「神は帳面につける様に何事も見通しざから、神の帳面 間違ひないから、
神の申す通りに、分らんことも神の申す通りに従ひて呉れよ。
初めつらいなれど だんだん分りて来るから、よく言うこと聞いて呉れよ」

「誰でも重荷負わせてあるのじゃ。重荷あるからこそ、風にも倒れんのざ。
この道理、涙で笑って汗で喜べよ。それとも重荷外してほしいのか。
早く花が見たく、実がほしいからあせるのじゃ。人間の近慾と申すもの。
神の大道に生きて実りの秋待てよ」


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選択ということは、人生はアミダくじにも似ている。
昔からそう思っていたが、その事についての記事があった。

「アミダくじだよ、人生は」「過去を振り返ると必然」
「人生には必要なことしか起こらない」
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祈りは求め≠ナあり選択≠ナある……
善き祈りとは常に感謝している状態である。
つまり、神に何かを求めたり、選択肢を求める祈りをしなくても、
感謝さえしていれば、「真我の思い通り」の人生を歩む事が出来るのである。

人間の脳・心・肉体は、魂の従者である。
更に、魂は「本体の魂」の従者である。
我を出さず、その事をよく認識して頂きたいと思う。
では、真我とは何か……。
魂の底で人類が共有する宇宙創造神である。
ブラフマン(宇宙原理)とアートマン(真我)の
関係(同一性)を見れば分かる通りだ。
故に、汝等と獣の魂は別物だが、真我は同一なのだ。

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真我を「大いなる自己」や「ハイヤーセルフ」と呼ぶ人がいるが、
獣説からすると間違いという事になる。
大いなる自己とは「本体の魂」であり、
ハイヤーセルフとは「本体の魂」の核となっている守護神である。
その正体は、過去に輪廻を解脱した自分のソウルメイトである。
真我に目覚めるというのは、本当の自分が宇宙創造神だと悟る事であり、
それを悟った魂(ハイヤーセルフ)の集合体が「大いなる自己」である。

人体が大宇宙(人間が宇宙創造神)であれば、
「人に宇宙の意思が宿っている」のは当然の理である。
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「一体全体」という言葉は、「一体全体どういうこと?」
という意味合いでしか使われない。
つまり、「一体全体=どういうこと?」である。
「一体全体」とは、一体が全体(人体が大宇宙)という意味で、
人々には理解できないから「どういうこと?」
という意味で使われるようになったのだろう。

「引き寄せ」「引き受け」に続いて「引き込み」という言葉が出て来たが、
魚や鳥の群れが一瞬にして方向転換するのは
「一体全体」の集合無意識によるものだという。
人類も同じように一瞬にして反転する……
それが「百匹目のサル現象」や「オセロの原理」と呼ばれるものである。

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インドの寓話では、人は海、エゴ(自我)は波で、
人は波を自分だと思い込んでいると喩えられている。
そして、海を離れて波はないように、人を離れてエゴはなく、
波もエゴも存在しない。
存在しないものに拘っているとしたら、
その人生に何の意味があるのか…という事だが、
獣が訴え続けているのはまさにその事である。

人の真我は岩戸に閉ざされ、自我が主となって生きている。
本当の自分を知らずに、実在しない幻の悪魔に
支配されて生きているという事である。
だが、それを意味のない人生と見るのは一方的な見方であり、
自我を主として生きる事は様々な「苦」という経験を重ね、
また物質文明の発展の為の役割があったのだ。
しかし、その時代はもう終わり、
オセロ王である獣が勝利に導く反転の時代が到来した。

ヤハウェを改心させるオセロ王の一厘の仕組
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/150772890.html
善悪を統合する錬金術師のオセロマジック
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/151532875.html

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さて、「祈りは求め=vという事について否定的な記事を書いたが、
カレンダーと同じ生長の家の本には獣の主張と同じ事が書かれている(笑)

「無条件に拝む」というタイトルで、
「無条件とは求めぬ姿で、こうありたいが無くなる」と書かれていて、相手の実相を拝む事が説かれている。
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サムシンググレートの提唱者で遺伝子研究の権威・村上和雄氏と、
2012年の人類進化を説くマヤ暦研究の権威・柳瀬宏秀氏は、
「2012年、2013年の初詣には、日本人の願いが祈りになっている」
ということを述べている。
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具体的には、次のようなことが書かれている左斜め下

神社や寺が祈願として用意しているのは、
多くが決められたように「家内安全」「商売繁盛」。
それは、自分の為だけ、自分の家族だけ、自分の会社だけの祈り。
新しい年も、そんな次元で生きることを繰り返すのでしょうか?

それを今、ここから変えませんか?
自分の利益を願うのではなく、心の底から湧き上がる思いに従い、
生命の為の、平和の為の祈りの気持ちを高めてくれるような、
そんな変更を、心の中のエネルギーに起こしたい。

自分の為の願い事から、地球の為の、宇宙の為の祈りに
そのクオリティーが変わった時、その祈りが、
凄いエネルギーを持つことが想像できないでしょうか?
宇宙の摂理に合った目的を持って、
この地球でのヴィジョンをしっかり持って、
思いを祈りとして表現すれば、それは顕現します。

それが創造、プロデュースです。
何を祈りますか?つまり、あなたは、何を生み出しますか?
今、ここから、ぜひ、協力して、願いが、祈りに。
そして、宇宙にまで影響を及ぼすような、
祈りを日本から生み出したいと思います。
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「人に宇宙の意思が宿っている」というのは、その事である。
これが我欲を超越した自己実現の大欲・大願である。
我欲を無くすのではなく、自己を無限大に拡大して我欲を無限に拡大する。
無我とは無限我であり、その一大目標を明確にすること。
それを過去完了形で祈った後は、その願いさえも手放して忘れること。

後は見通しの神が与えてくれる日々のインスピレーションに従うことで、
自分の力では到底実現できないような大目標が実現に向かって進み出し、
その過程で、自分に必要な金銭や物質は必要な時に手に入り、
叶っても良い我欲であれば強く願わなくてもシンクロ的に実現する。

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上記が獣の「21世紀型成功哲学」の概要だが、
詳細は今後少しずつ「ルシファーによる福音書」に載せていく予定である。
これが、アミダくじの人生を、見通しの神である真我(本当の自分)の
思い通りに生きる方法なので、人間の肉体と心はその実現の道具なのだ。
小さな一例を挙げれば、このブログ記事を書くと、
必ずそれとシンクロする記事がすぐに見つかって画像UP出来るのである。

人生に疲れた人は、我を捨てて、頑張るのを辞めて、
魂の内なる声(直感)に従って、流れに任せれば良い。
そして、以下の映像を観てもらいたい。
「無責任」な獣は出だしをちょっと観ただけなので、
内容の善し悪しについては保証し兼ねるので御了承願いたい。
posted by 獣 at 14:42| Comment(0) | 獣神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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